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仕事以外日記

日々の生活の中で、仕事に関わらないこと全般を書いていきます。 本の感想、外出の記録、などなど。

橋本長道「サラの柔らかな香車」「サラは銀の涙を探しに」

サラの柔らかな香車 (集英社文庫)

サラの柔らかな香車 (集英社文庫)

サラは銀の涙を探しに

サラは銀の涙を探しに




「サラは銀の涙を探しに」が文庫落ちしたので購入。
一作目の「サラの柔らかな香車」の内容をほとんど覚えていなかったので、前作を読み返すところから初めて、二作目も読み終えた。


二作ともサラという天才棋士を中心に据えて、その周辺のプロ棋士、プロの卵たち、夢破れたかつての奨励会員たちが彼女の才能に翻弄される様が語られていく。
章ごとに視点人物が変わり、途中で過去の出来事も挿入されるから時系列も乱れていくという複雑な構成になっている。
だけど決して読みにくくはなくて、むしろ作者が物語を最大限に盛り上げるようにエピソードを上手く配置しているように感じられて、高いテンションを持続したまますいすいと読み進めていくことができた。


サラはサヴァン症候群の持ち主で、天才的な能力を持つ一方で人とのコミュニケーションを取ることが極端に不得手だった。
だから彼女の感情はほとんど描かれない。
二作目に至っては、サラは冒頭で失踪してしまい、残された人間たちの動揺する様ばかりが描かれる。
だからこそサラの圧倒的な才能を前に絶望したり羨望を抱いたりする登場人物たちの心の揺らぎが迫力を持ってこちらに伝わってくる、そういう話の作りを目指したんだろうと思って二作を読み進めていた。
だけど、二作目の最後の最後、初めてサラの感情が明らかになる。ラストまで一切明かされていなかったからこそ、彼女の思いが露わになった瞬間は、感動せずにはいられなかった。


二作目は人間の力を超えた人工知能にどう向き合うのかがテーマになっている。
現実でも人工知能の指し手をカンニングしたのではないかという話題があるけれど、コンピュータが「正解」を提示する中で、人間が指し続ける意味は何なのかという問題はこれからしばらく向き合わないといけないだろう。
プロ棋士にはそれぞれ棋風があって、その棋風がぶつかり合うから面白いんだ、と読む前までは思っていたけれど、この作品では個性を持った人工知能が登場してくる。
例えばオリジナルの棋風を持った複数の人工知能が登場して、人工知能同士が人間を超越したレベルの対局を行ってファンが勝負の行方を見守るようになったとき、人間のプロ棋士たちの存在意義はどうなるのか。
人としてのキャラクターや人間ドラマだけで対抗していけるものなのか。
読み終えてからそんなことを考えた。